義母の短歌

98歳で永眠した義母が書き残した短歌です

カテゴリー:自分・生活(八)

福知山市三和町菟原中 八幡神社

 

手作り短歌集(八)に蒐集されている短歌を、11のカテゴリーに分類いたしました。
短歌集に掲載された378首の内、二番目のカテゴリー【自分・生活】に分類した短歌(84首)を掲載いたします。

 

<義母の短歌>カテゴリー:自分・生活(八)

#2001    纏うものなべて脱ぎたる真裸の夕陽みずからの茜に浮けり


#2005    腹筋の躍動おろかこみ上ぐるこんな笑いが残っていたか


#2010    泥のつく軍手ずぼっと脱ぐ指の軽さよ魚のごとくに動け


#2013    大空に向かい指にて描きみる隙間だらけの空と言う文字


#2019    世に立たん鎧を脱げば飄々と吹かるる落葉の軽さにいたり


#2023    脱走の本能はげしくゆるる午後茹でいる卵の音痛ましき


#2024    乳母車押して子供を遊ばせし思い出持たぬ母なりわれは


#2025    返事して呉れる人なら誰方でもとはゆかなくて酒の座を立つ


#2032    恙なく生きて生ごみ捨てにゆく髪乱す風なまぬるき夕


#2038    抵抗もなく捨ててゆく夢幾つ生きゆく荷物は軽きがよろし


#2042    現実が夢に続きて握りいる双の拳のままに醒めゆく


#2046    生きものを飼わぬひとりのつれづれに鴉の歌を今日も詠みける


#2049    壺の中の小さな闇の囁きをそのまま閉し買うことにする


#2059    男なら屋台の酒に憂さ晴らす夕べをきこきこ鍋磨きいる


#2067    テレビ消し灯りを消していまひとつ消さねばならぬ昼の雑念


#2070    もしかして郵便受けを探る指釣れぬ釣り糸手繰るに似たり


#2077    肩よせる肩が欲しいと思う日の心機一転さくら見にゆく


#2078    ひとりなるわれに今日あり明日あり花の開くを待つばかりなる


#2079    鍵っ子に似たる思いのひとり食納豆いつまで掻きまわしいる


#2089    湯上がりの赤子のような歌が好き泣くも笑うも天衣無縫に


#2100    竜の髭丹念に抜くわが仕種人は嗤えど茶の木がよろこぶ


#2102    倖せはこの位で良しポケットに零余子一杯心が温い


#2103    人といて水に油の孤独感ひとり草引く野に翳おとす


#2110    手の窪に乗せて食べよと差し出す紫したたる茄子の浅漬け


#2138    すっぽりと眠りに落ちし数分に死界のやすらぎ見たる気がする


#2150    媼われがフランスへ電話かけるなど丹波山家に文明の風


#2157    遠き日の夢が残っているようでラムネの空瓶捨てる気がせぬ


#2158    助手席に買い物袋座らせて残生温しと言わねばなるまい


#2164    媼われを「みいちゃん」と呼ぶ七歳のまなこに映るわれは何者


#2175    出てこないキイより己が度忘れのいまいましくてただ虚しくて


#2178    県名を北から順に寝ね際の脳に広げる列島の地図


#2184    抗がわず慣らさるるなく生き延びしわが根性をわれはいとしむ


#2195    左手を添えて菜を切る左手は何につけても欠かせぬ伴侶


#2196    賑わいの後の虚しさ捨てにゆくビールの空缶あまりに軽し


#2201    立ちみれど為さねばならぬ何もなしひとり通れるだけの雪掻く


#2203    三月の予定の光るひとところ「あきこ先生来迎」の花まる


#2207    美しき空壜出窓の片隅に光を溜めて立つがかなしき


#2208    カルシューム補充に食ぶる干エビの芥子粒程の目に刺されいつ


#2211    仏よりわが目が喜ぶ水仙の黄に仏壇の明るむを見て


#2212    くねくねによじれし心にコート着せアクセル踏めばわれは別人


#2228    何をしていてもゆらゆら揺れやまぬ厄介者を心と呼べり


#2230    こわこわに乾きしタオルの感触を無骨な愛のごとくよろこぶ


#2236    丹念に笹の根を掘り千草抜くその時それは私のすべて


#2245    もの憂げな軽自動車に「さァ今日は大江山まで連れてったげる」


#2271    道楽で歌は詠めぬと身震いぬ三ヶ島葭子の歌人


#2278    残りものあっさり捨てて洗う皿何もなかりしごとく光れり


#2279    どっぷりと人に甘えし覚えなく鴉のえんどうぐいぐい毟る


#2282    覚めて先ず見る空模様毎日がお日様まかせの私の暮らし


#2284    嘘のない人生なんてあるものか狐の牡丹の根が引き抜けぬ


#2286    照る日あり曇る日もあるわが声を脳の吐息の色と思えり


#2289    しなやかな夢に棘あるみそひとの峠の坂道必死に登る


#2303    天を指す祈りの象の杉が好き拘りすててすんなり生きん


#2304    あやされいる思いしきりに二時間の老人講座むっつり過す


#2307    生なまの正義派なりしがだんまりを保身のひとつに加えて老境


#2312    用心に持ち来し杖をまた忘れ「お客さーん」と追いかけられる


#2318    噛み合わぬ会話に黙しすかんぽのすいすい酸っぱさ思い出しいる


#2319    企まねどおのず世渡り上手となるシングルライフのそれもかなしき


#2321    侘しさも共に茹で上げ煮つめたる蕗の薹です食べてみますか


#2324    危うかる来し方なべて踏み石に迎えし晩年以外に温し


#2325    どんどの火に爆ぜる稲穂のたまゆらの白き痛みに眉根ひそめる


#2327    湖底めくその静けさこそ得難しとう師の励ましの文字に救わる


#2329    かかりたる罠を逃れし心地かな難解パズルの解けし真夜中


#2331    脚馴らしのつもりが夢中で鍬ふるい膝関節の機嫌そこねる


#2332    電気治療受ける窓より今日も追う一羽の鳶の空載る行方


#2333    祖の想いこもれる畑を守りきれず原野に還さん土に一礼


#2335    向けられしカメラに手を上げとっときの笑顔を作る十秒の嘘


#2336    杖なしに歩める喜び白蓮が呼んでるようで十歩二十歩


#2337    いくばくは美化してつなぐ追憶の連想ゲームに一喜一憂


#2338    身の用の足りる間はひとり住む柵を逃れし羊のように


#2343    するめいか何辺の浜に干されしや平たくなりてわが手にさかる


#2344    かなしみを言葉の器に盛れなくて人語通わぬ草と対き合う


#2345    野のごみに煙立たせて今日と言うかえらぬ時に終りを告げる


#2346    人の意に添いて生くるを良しとせず抗うでもなくひとり草引く


#2347    先ず健康鰯の頭も信心からドリンク飲みて歌会に急ぐ


#2348    利心のうするるとは言え時折は小首傾げる人生そろばん


#2349    くたびれて昼を眠れば何恃む心か空飛ぶ夢に酔いいる


#2350    「お先に」と断る要なきひとり湯に今日を支えし手足を伸ばす


#2355    ほととぎす啼く野にくぐまり草を引く敗者でもなく勝者でもなく


#2360    いさかいの冷たき毒持つ歌好む心の洞に啼く不如帰


#2363    上向いて歩けば小石にけつまずく俯きゆけば明日が見えない


#2369    「おばちゃんの味絶品や」と煽てられ素直にのるも老いの世渡り


#2370    無から有を生み出す文字書く面白さ食忘れても歌やめられぬ


#2375    湾曲な嘘のつけない一本気嬌めなばわれがわれでなくなる


#2376    四分の三の人生越え来たり明日食ぶる一合をキシキシと研ぐ

 

<365人の生き方>

■美しい 死にかた求め 自らの 食を細めて 枯れていく母
中條高徳 アサヒビール名誉顧問  大庄社長・平辰氏のおかあさん)